2022.5.1

会計上の不動産の評価において不動産鑑定評価基準に則らない価格調査ができる場合

 1.「賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準の適用指針」の適用がある場合の表示
根拠
 日本の会計上、賃貸等不動産は以下の各種規則等により毎期時価評価の開示が必要とされるが、その法令等の根拠は以下のとおりである。なお、②~④は証券化対象不動産に関わるものであり、②及び③は、財務諸表規則及び会社計算規則で「別記事業」とされる(財務諸表規則 、会社計算規則)。別記事業とは

① 会計監査人設置会社
(会計監査人を置く株式会社又は会社法の規定により会計監査人の設置義務を有する株式会社)
会社計算規則
有価証券報告書提出会社
(金融商品取引法の規定により有価証券報告書の提出義務を有する会社)
財務諸表等規則

② 投資法人
(投資信託及び投資法人に関する法律に基づき、投資家から資金を集め、特定の資産への投資・運用を目的として設立される法人)
 上場しているJ-REITで用いられる他、私募REITの器でもあり、商業ビルや物流施設の他インフラREITとして再生可能エネルギー施設に投資するものもある。「賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準の適用指針」に基づく貸借対照表の注記だけでなく、資産運用報告にも保有資産の時価開示がある。
投資法人の計算に関する規則
投資信託協会規則

③ 特定目的会社
(資産の流動化に関する法律に基づき設立される社団法人で、SPCの一種である。)
特定目的会社の計算に関する規則

④ GK-TKスキーム(合同会社を営業者として匿名組合契約により資金調達)
   合同会社には会社計算規則の適用があり、賃貸等不動産の注記に関して下記の2項目の記載が求められている(会社計算規則第110条第1項)。

(1) 賃貸等不動産の状況に関する事項 
(2) 賃貸等不動産の時価に関する事項

 しかし、GK-TKスキームにおいて、合同会社の計算書類にこの注記がないことが多い。これは合同会社の個別注記表に賃貸等不動産の注記は不要(会社計算規則第98条第2項第5号)とされているためである。なお、GK-TKスキームにおいて、匿名組合の組合員に対する報告は匿名組合契約によって決まるものであり、会計基準と異なる報告でも構わないが、匿名組合契約上、公正妥当基準による報告又は特に指定がある場合には「賃貸等不動産の時価評価に関する会計基準」がその中に含まれる場合もありうる。

2.証券化対象不動産の継続評価の実施に関する留意点(1②~④)

本件留意点の対象となるのは1の②~④等の場合である。
 過去に同一の不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価を行ったことがある不動産の再評価であって、定期的(一年ごと又は半年ごと)に鑑定評価を行うことを継続評価という。       
 (不動産鑑定評価基準各論第3章に定める)証券化対象不動産の価格調査は不動産鑑定評価基準に則って行う必要があるが、成果報告書の精度を保つことが可能であり、投資家をはじめとする成果報告書の利用者の利益を害する恐れがないと考えられる場合は、不動産鑑定評価基準に則らないことに合理的な理由があると認められ、不動産鑑定評価基準に則らない価格調査を行うことができる。
(要件)
・対象不動産について鑑定評価基準に則った鑑定評価を行った不動産鑑定士が継続評価をすること。
・鑑定評価基準に則った鑑定評価の価格時点と比較して、対象不動産の個別的要因に加え、一般的要因、地域要因に重要な変化がないこと。
・少なくとも収益還元法を鑑定評価基準に則って適用すること。(原価法等は省略可)
※その他に証券化対象不動産で不動産鑑定評価基準に則らない価格調査を行える場合としては、開発型証券化に関連する場合で、未竣工建物等鑑定評価の要件を満たさないが、建物竣工後に取得する計画のため、建物竣工を前提として価格調査を行う場合がある。

3.会計監査人設置会社である株式会社、有価証券報告書提出会社(1①~④)
 1の場合、または、②から④で上述の証券化対象不動産の継続評価に該当しない場合でも、、以下の場合には不動産鑑定評価基準に則らない価格調査によることができるものと思われる。

①調査価格等が依頼者の内部における使用にとどまる場合
②公表・開示・提出される場合でも公表される第三者又は開示・ 提出先の判断に大きな影響を与えないと判断される場合
③調査価格等が公表されない場合ですべての開示・提出先の承諾が得られた場合
④不動産鑑定評価基準に則ることができない場合
⑤ 不動産鑑定評価基準に則らないことに合理的な理由がある場合

 また、財務諸表のための価格調査においては、不動産鑑定評価基準に則らない価格調査によることができる場合がある。賃貸等不動産については、賃貸等不動産の全部の総額が総資産における重要性が乏しく賃貸等等不動産の時価開示そのものが省略できる(適用指針第23項)が、その場合の重要性判断と個別の不動産の開示上の重要性を分けて考える必要がある。賃貸等不動産の総資産に占める重要性の判断では不動産鑑定評価基準に則らない価格調査によることもできる。
なお、開示対象となる個別の賃貸等不動産が重要性がある場合については、原則として不動産鑑定評価書によることが必要であるが、開示対象でも重要性が乏しい不動産については、不動産鑑定評価基準に則らない価格調査によることもできる。ここで言う重要性は個別の不動産に関するものであり、賃貸等不動産の総資産に占める重要性とは異なる(適用指針第33項)。

4.不動産鑑定評価基準に則らない価格調査によることができる場合と重要性の意義
 不動産鑑定評価基準に則った価格調査はいわゆる不動産鑑定評価である。不動産鑑定士が作成する成果報告書には鑑定評価書のほかに、不動産鑑定評価基準に則らない価格調査があり、それにより価格を試算していることもある。

(1)不動産鑑定評価基準に則らない価格調査によることができる場合
「価格等調査ガイドライン」の取扱いに関する実務指針(日本不動産鑑定士協会連合会)の中で、利用者の判断に大きな影響を及ぼすか否かについては、依頼目的、利用者の範囲、調査価格等の大きさ等を勘案することとなっている。そのうち調査価格等の大きさ等については以下の記述がある。

(2)重要性の意義
調査価格等の大きさ等
ここで言う企業会計上重要性が乏しい不動産であることの判断とは、賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準の適用指針第23項に規定する賃貸等不動産の総額に重要性が乏しく注記が省略できるか否かの判断ではなく、同適用指針第33項に規定する開示対象となる個別の賃貸等不動産の重要性についての判断であると思われる。企業会計上重要性が乏しい不動産であること、または、依頼者が依頼目的を成し遂げるための「予備的な価格等調査」であること(例えば、不動産取引であれば実際の取引に使用する以前の場面、再開発事業関係であれば従前・従後の権利割合の決定に使用する以前の場面においては、依頼者を含む利用者が必要と認める場合、後日改めて「鑑定評価基準に則った鑑定評価」を行う余地があるなど、依頼者を含む利用者が別途精査する余地が存するため)等が必要である。
また、鑑定評価基準に則らない理由を例示すれば、以下のとおりである。
●企業会計上重要性が乏しいと判断された資産であること及び依頼目的・利用者の範囲を勘案した結果、利用者の判断に大きな影響を与えないと判断されるため 

5.財務諸表における不動産の価格調査
 賃貸等不動産について詳しく述べてきたが、その他のケースとして①固定資産に計上された不動産の減損、②棚卸資産に計上された不動産の評価、③企業結合等における不動産の評価を見ていきたい。
① 固定資産に計上された不動産の減損
減損の兆候把握、減損損失の認識の判定、帳簿価格と比較するため、割引前将来キャ
ッシュフロー総額を求める段階では不動産鑑定評価基準に則らない価格調査によることができる。一方、減損損失の測定(帳簿価格との比較のため、現在の正味売却価額を求める。)では原則として不動産鑑定評価でなければならない。

② 棚卸資産に計上された不動産の評価
販売用不動産における評価基準として低価法を採用した場合、帳簿価格と正味売却価額
を比較する必要があるが、正味売却価額を求める場合は原則として不動産鑑定評価でな
ければならない。ただし、大規模分譲地内複数画地では代表画地、一棟区分所有建物内複
数専有部分では代表専有部分を原則として不動産鑑定評価とすることで足り、代表画地
以外、代表専有部分以外は不動産鑑定評価基準に則らない価格調査で構わない。

③ 企業結合等における不動産の評価
賃貸等不動産の時価等の注記、固定資産に計上された不動産の減損、棚卸資産に計上された不動産の評価の分類に応じて評価することとなる。

6.原則として鑑定評価が必要な場合で不動産鑑定評価基準に則らない価格調査が行える場合
 証券化対象不動産で不動産鑑定評価基準に則らない価格調査を行える場合として、証券化対象不動産の継続評価があるのは既述のとおりである。
その他に開発型証券化に関連する場合で、未竣工建物等鑑定評価の要件を満たさないが、建物竣工後に取得する計画のため、建物竣工を前提とする場合も不動産鑑定評価基準に則らない価格調査を行うことができる。この場合、不動産鑑定評価基準に則ることができない部分以外は不動産鑑定評価基準に則るものとする。
財務諸表のための価格調査においては、原則的時価算定は原則として、不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価であるが、不動産鑑定評価基準に則っていない価格調査であっても原則的時価算定に含まれることがある。原則的時価算定によって算出された価格は、不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価であるか否かを問わず、企業会計基準等に規定する時価(公正な評価額)と考えられる。適用例としては、①建設仮勘定を含む価格調査、②未竣工建物等の価格調査、③不動産の再評価のための価格調査があげられる。
① 建設仮勘定を含む価格調査
  未竣工建物の既施工部分(建物基礎など)の価値を加算した土地価格の算定は、不動産鑑定評価基準に則ることはできない。

② 未竣工建物等の価格調査
棚卸資産の評価に関する会計基準に関連して、棚卸資産の完成後販売見込額を求める価格調査では工事完了後の状態を前提として価格調査を行うが、法令上の許認可を取得する前であるなど、未竣工建物等鑑定評価の要件を満たさない場合は不動産鑑定評価基準に則ることはできない。

③不動産の再評価のための価格調査
(1)鑑定評価手法を適用した再評価
  不動産鑑定評価又は不動産鑑定評価基準に則っていないが原則的時価算定として認められている価格調査を過去に行った不動産について、再度価格調査する場合である。
(要件)
・過去に不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価又はそれ以外の原則的時価算定を行ったことがある不動産の再評価であり、かつ過去に不動産鑑定士自ら実地調査を行ったことがあること。
・直近の鑑定評価基準に則った鑑定評価の価格時点又はそれ以外の原則的時価算定を行った価格時点の調査と比較して、対象不動産の個別的要因に加え、一般的要因、地域要因に重要な変化がないこと。
・再評価を繰り返すことは可能であるが、直近に原則的時価算定を行った時点から長期間経過(12ヶ月以上36か月未満を目安とする)している場合は、再評価以外の原則的時価算定によるべきである。
・直近に行った鑑定評価等で相対的に説得力が高いと認められた鑑定評価手法は少なくとも適用するものとする。例えば賃貸用不動産、事業用不動産である場合には収益還元法を鑑定評価基準に則って適用する。 

(2)時点修正による評価  
 再度価格調査を行わずに直近の鑑定評価基準に則った鑑定評価又はそれ以外の原則的時価算定に、時点修正を行うことにより価格(時価)を算定することもできる。再評価と異なり現地調査が不要であり、必ずしも鑑定評価手法の適用を前提としないが原則的時価算定に準じた算定と考えられている。

(要件)    
・原則として不動産鑑定士が自ら直近の原則的時価算定を行い、適切に算定されていること。
・直近の原則的時価算定を行ったときから長期間経過(原則として12ヶ月未満を目安とする。ただし、賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準に記載のある賃貸等不動産の場合は12ヶ月以上36か月未満)していないこと。

(まとめ)
企業会計上の不動産の評価において、不動産鑑定評価基準に則らない価格調査が認められている場合のほか、原則的時価算定が必要となる場合であっても不動産鑑定評価によらず、不動産鑑定評価基準に則っていない価格調査により対応できる場合がある。実務においては、どのような場合に不動産鑑定評価書が必要か或いは不動産鑑定評価基準に則っていない価格調査で足りるのかを把握し、不動産鑑定評価書が必要にも関わらず、不動産鑑定評価基準に則っていない価格調査書を取得していないか確認する必要があろう。